2-28岐阜県

小野静観堂

      
  • 漁樵問答図 富岡鉄斎
  • 朱泥茶銚 倣玉川珍 初代山田常山(濱次郎)
  • 漁樵問答図 富岡鉄斎 | 小野静観堂

    漁樵問答図 富岡鉄斎

    [作者] 富岡鉄斎

    縦123.2×横52.5 絹本着色 / 大阪美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付き

  • 漁樵問答図 富岡鉄斎 | 小野静観堂

    漁樵問答図 富岡鉄斎

    [作者] 富岡鉄斎

    縦123.2×横52.5 絹本着色 / 大阪美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付き

  • 朱泥茶銚 倣玉川珍 初代山田常山(濱次郎) | 小野静観堂

    朱泥茶銚 倣玉川珍 初代山田常山(濱次郎)

    [年代] 大正末期頃

    [作者] 人間国宝3代山田常山極め

    径9.4×高5.7

  • 朱泥茶銚 倣玉川珍 初代山田常山(濱次郎) | 小野静観堂

    朱泥茶銚 倣玉川珍 初代山田常山(濱次郎)

    [年代] 大正末期頃

    [作者] 人間国宝3代山田常山極め

    径9.4×高5.7

  • 漁樵問答図 富岡鉄斎 | 小野静観堂

    漁樵問答図 富岡鉄斎

    [作者] 富岡鉄斎

    縦123.2×横52.5 絹本着色 / 大阪美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付き

    略歴
    南画家。京都生まれ。名は猷輔のち百錬、別号に鉄人・鉄史等。幼少より国学・漢学・詩学等を学び、また歌人大田垣蓮月の学僕となって多大な人格的影響を受ける。
    幕末期には、勤王志士らと盛んに交流し、国事に奔走した。維新後は、大和石上神社・和泉大鳥神宮等の宮司となるが、のち辞し隠棲。
    田能村直入・谷口藹山らと日本南画協会を発足、学者としての姿勢を貫きながら自由な作画活動を展開し、その学識と画技により文人画壇の重鎮となった。帝室技芸員・帝国美術院会員。大正13年(1924)歿、89歳

  • 朱泥茶銚 倣玉川珍 初代山田常山(濱次郎) | 小野静観堂

    朱泥茶銚 倣玉川珍 初代山田常山(濱次郎)

    [年代] 大正末期頃

    [作者] 人間国宝3代山田常山極め

    径9.4×高5.7

    略歴
    慶応4年(1868)~昭和17年(1942)
    伊奈宗助の製陶工場で陶技を学ぶ。
    鯉江方寿の金島山(製陶場)で技を磨き、数年で独立、以来、ロクロの急須造りに専念した。
    中国風の端正な急須を得意とし、名工にふさわしい優品を数多く残したことで知られる。

小野静観堂

  • 住  所

    〒503-0903 岐阜県大垣市東外側町1-2

  • 電  話

    0584-78-4492

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    0584-78-4492

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    http://www.onoseikando.com/

  • ジャンル

    | 古美術 | 茶道具

古美術 小野静観堂は天下分け目の関が原で知られる岐阜県大垣市に明治より店舗をかまえ十万石城下町で地元のお客様を中心に商いをして参りました。
古陶器、茶道具、煎茶道具 郷土ゆかりの掛軸など美術全般を扱っています。