2-40大阪府

梅田画廊

      
  • 「薔薇」
  • 熱海風景
  • 「薔薇」 | 梅田画廊

    「薔薇」

    [作者] 梅原龍三郎

    油彩 / 紙(金地) / 縦41.5×横36.5cm(6号) / 東京美術倶楽部鑑定証書付

  • 熱海風景 | 梅田画廊

    熱海風景

    [作者] 安井曽太郎

    油彩 / キャンバス / 縦32.1×横40.9cm(6号)

  • 熱海風景 | 梅田画廊

    熱海風景

    [作者] 安井曽太郎

    油彩 / キャンバス / 縦32.1×横40.9cm(6号)

  • 「薔薇」 | 梅田画廊

    「薔薇」

    [作者] 梅原龍三郎

    油彩 / 紙(金地) / 縦41.5×横36.5cm(6号) / 東京美術倶楽部鑑定証書付

    作家略歴
    1888年(明21) 京都市下京区の染呉服店の三男として生まれる
    1903年(明36) 浅井忠が開設した聖護院洋画研究所にて指導を受ける
    1906年(明39)  聖護院洋画研究所は新たに関西美術院となり、引き続
    き浅井忠らの指導を受ける
    1908年(明41) 渡仏 初めてルノワールの実作に接して感激する
    アカデミー・ジュリアンに入学しバッセの教室に通う
    1909年(明42) 紹介状も何も無しにルノワールを訪問 以後師事する
    1913年(大2) ベルリン・モスクワに立ち寄りシベリア経由にて帰国
    1935年(昭10) 帝国美術院会員に任命される
    1944年(昭19) 安井曽太郎とともに東京美術学校教授に任命される
    安井曽太郎とともに帝室技芸員を命ぜられる
    1952年(昭27) 安井曽太郎とともに東京藝術大学教授を辞任する
    安井曽太郎とともに文化勲章を受ける
    1973年(昭48) フランス政府からレジオン・ドヌール勲章が贈られる
    1986年(昭61) 1月死去 遺言により葬儀、告別式は行われず

  • 熱海風景 | 梅田画廊

    熱海風景

    [作者] 安井曽太郎

    油彩 / キャンバス / 縦32.1×横40.9cm(6号)

    作家略歴
    1888年(明21) 京都市中京区の木綿問屋の五男として生まれる
    1904年(明37)  聖護院洋画研究所に入門し、浅井忠らの指導を受ける
    1906年(明39)  聖護院洋画研究所は新たに関西美術院となり、引き続き浅
    井忠らの指導を受ける
    1907年(明40)  渡仏 アカデミー・ジュリアンに入学し、ジャン・ポー
    ル・ローランスに学ぶ
    1910年(明43)  アカデミー・ジュリアンをやめ、アトリエを借りて自由研
    究に入る
    1914年(大3) 第一次世界大戦が勃発しロンドンに逃れる その後、帰国
    の途につく
    1935年(昭10) 帝国美術院会員に任命される
    1944年(昭19)  梅原龍三郎とともに東京美術学校教授に任命される
    梅原龍三郎とともに帝室技芸員を命ぜられる
    1952年(昭27) 梅原龍三郎とともに東京藝術大学教授を辞任する
    梅原龍三郎とともに文化勲章を受ける
    1955年(昭30) 12月死去 東京築地本願寺で葬儀、告別式が行われる

梅田画廊

  • 住  所

    〒530-0001 大阪市北区梅田3-4-5  毎日新聞ビル内1階・5階

  • 電  話

    06-6346-1100

  • F A X

    06-6346-3212

  • W E B

    http://www.umeda-garou.jp/

  • ジャンル

    | 近代絵画

梅田画廊は創業以来76年間、近代以降の国内外の洋画を中心に取り扱っております。

この度、第4回大美アートフェアでは国内の物故作家を中心に展示いたします。
その中でも日本洋画壇の二大巨匠、梅原龍三郎、安井曽太郎をご紹介させていただきます。
両名共に、欧州留学を終え、洋画界で大いに新風を示し、洋画史上、”梅原、安井”と謳われるほどに輝かしい時代を築きました。
溢れる生命力と豪華奔放な梅原芸術に対し、安井芸術は対象への観照を深め、日本人の感性を尽くしたものとなっております。
共通と相異が織りなす両作家の画風は双方異なる資質により非常に対照的であります。
大美アートフェアを通じてこれらの作品を多くの方々にご高覧いただければ幸いです。